あけましておめでとうございます。
ブログのアクセスを見ていると世界一周系の記事よりも医者とかお金儲け系の記事のほうが圧倒的にアクセス多くて、発信したいことと需要ってのは本当に違うなあとしみじみ思う元旦です。
僕は医者辞めたいぜみたいなキャラ設定でやっていますが、実は医者の仕事は好きです。
でも医療業界の空気感や仕組みや働き方が嫌いってこのなんですよね。念のため。
第3位:自分の体のことについて分かるようになる
僕が医師になろうと思った理由の一つです。
人間の体なんて若くてこれまでの人生健康ならだいたいのことはちょっとくらい体調が悪くても特に問題ないというか、時間が経てば勝手に治るんですよね。
それでもやっぱり自分や家族の体調が悪い時に、「これは〇〇という理由で大丈夫だな」と思えるのは安心です。
結局知識がないと、確率の低いことと高いこと同列に考えてしまい不安になったり、最悪のパターンを考えてしまいがちなんでしょうね。
だからこそ、僕は基本的な医学を義務教育にすべきだと思っています。
第2位:多様性を実感できる
病院で働いていると色々な人がいるということを知ります。
医療者は患者の家族や普段の生活状況まで見えてしまうことが多々あります。
例えば在宅診療をすれば、赤の他人の家に上がり込むことになります。
生活歴を聞くことも大切な問診です。
そうすると今まで自分の家しか家庭というものを知らなかったのに、他者の家庭を沢山見ることが出来るんですね。
そのような経験を通して、世の中には色々な人がいるということをとても実感出来るようになりました。
特に医者にありがちなんですけど、ソコソコ恵まれた家庭で育って、ある程度選別された学校に行き、理不尽の少ない人生を歩んできた人は多いでしょう。
僕は社会人になっていきなり救急外来でチンピラに「てめえぶっ殺すぞ!」と怒鳴られて、フリーズした経験があります。今でも頭にモヤモヤがかかったような気分です。
理不尽耐性がついていなかったんでしょうね。
僕はずーっと田舎の公立小中高だったので、一応バランスの良い社会の縮図にいたんじゃないかなと信じていたのですが、そんなもの生ぬるいといわんばかりの尖った方々が病院には来院してきます。
殴り合いのケンカなんて、僕は物心ついた頃からした記憶がないですし、20歳を過ぎてから殴り合いをした人なんて僕の友人では聞いたことがありません。
それでも救急外来には駅のホームで殴り合いをした40歳過ぎたサラリーマンが来院します。嫁も子供も居るのに何してんだよと研修医の頃はドン引きしていました。
初めて聞く単語もたくさんありました。
・内縁の妻(夫)
・簡易宿泊所 or 無料低額宿泊所
もしかしたら小説やドラマなどではよく出てくるのかもしれませんが、僕はあまり詳しく無くて、研修医の頃は上記の言葉自体の意味を知りませんでした。
医師になりたての頃はそういう価値観に触れるのが居心地悪くて、嫌だなあと思っていました。
しかし自分が見たい世界だけ見て生きていくと、トランプ政権の誕生を見誤ったニューヨークやシリコンバレーのエリートのようになってしまうかもなと思うようになりました。
高校の同級生たちで、大手の金融機関やテック企業に進んだ人たちは、おそらくアルコール依存症の元ヤクザと話し合ったりしないと思います。ゴミ屋敷に上がり込んだりしないと思います。
第1位:人の死に触れられる
当然ですが、人の死という現実を目の当たりします。
やはり人間どこか「自分だけは死なない」と思っているものなのかもしれませんが、さすがに自分よりも若い人の死を見ると「ああ、自分も明日死ぬのかもしれないなあ」と思うようになります。
だから「定年後は世界一周したい」みたいに、やりたいことを先送りするのはやめようと思うようになりました。
それから、死に至る病状でも周りに感謝の気持ちを持って穏やかに亡くなっていく人と、軽症でも自分は世界一不幸だと大声で嘆く人の違いはなんなんだろうとか、自分はどんな風に人生の最後を迎えたいんだろうとか考えるようになりました。
そんなこと考えているうちに、病気を治せば幸せになれる、という訳ではない。
幸せな生き方とはなんだろうと考え続けて、試行錯誤しているわけであります。
さて、2019年は引き続き世界一周旅行を続けます。
そして「健康と幸せな人生」このあたりの勉強も進めていきたいなと思います。
ではでは!